劇場へ愛を込めて。

『ジュリアス・シーザー』舞台稽古
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▲ 2018年3月、弦巻楽団さんの講座公演「ハムレット」の舞台稽古を、ステージ袖から撮影。舞台裏は皆さんが想像するよりも窮屈なところかもしれません。この作品では出演者も多かったため、お客様から見えないところでも常にバタバタしておりました。

 役者の特権は、何といってもこれに尽きる。どのお客さんよりも、演出家よりも間近な距離に立つことが出来て、作品を感じられること。もちろんただの傍観者になってはいけないけれど、いい瞬間に立ち会えたときにはもの凄い『高み』を味わえる。お芝居に関わっている者として、いちばん豊かな時間だ。

 

 とはいえ、舞台袖ではいつもばたばた。何かしらアクシデントはつきもの。2018年3月、札幌・中島公園のシアターZOOにて上演された弦巻楽団さんの演技講座発表公演『ハムレット』は、僕が8年ぶりに舞台に立った作品です。ゲネプロと呼ばれるリハーサルでの舞台袖、舞台裏の様子をスマホ片手にちょこっと撮っておきました。このゲネプロは割と順調に進んでおります。でも得てして、お客さんが入る本番になると着替えやら小道具の準備やら、何かしら危うく事故になりかけることが多いんだよなあ。

 ちなみに僕は舞台袖ではなく、舞台上でよく事故を起こしますが何か?

 これは舞台袖や裏の様子だけど、舞台上から見る景色はまた格別だ。まさしく特等席。小劇場だと間口が狭いので、照明の熱が直に当たってとても熱い。僕はとても汗かきなうえ、緊張もしているので、小劇場はもちろん大きな劇場でも動くとすぐ汗が噴き出る。これはなかなかのカロリー消費だ。その分『熱演』と見られるからまあ得なんだけど。汗をかいてそんな評価をされるのは、映画やテレビなどの映像表現ではあり得ないことだ。お客さんにも、フィクションと現実との境目を理解してもらっているからこそ成り立つ、お芝居独特の決まりごとでもある。もっとも僕はかつて、舞台の床の色が変わるほど汗をかき過ぎて、お客さんからいただくアンケートに「あの人大丈夫ですか?」と書かれて心配されたことがあるのだが。衣裳さん泣かせでもあるし。

 

 さはさりとて、舞台上からは意外とお客さんの顔が見えるものだ。照明のキツい小劇場でも、明かりの死角になる前列のお客さんは識別できる。寝ているお客さんがいた日にゃあ、そりゃテンション下がるってもんです。まあ眠気を誘う作品を観せているこっちが悪いんだけどね。

 あんまり大きな声じゃ言えないが、僕は本番中の舞台でも自分の台詞のないシーンでは、けっこう休憩しているダメな役者だ。何となくリアクションしながら、それとなく客席に目をやって「あ、今日あの人来てるな」とか知り合いチェックしてたりもする。どの演出家からも「舞台で楽をするな」とよく言われる。それはそれで間違いない。だから僕が間違っているのも間違いない。でもね、30分舞台上で死んでみてご覧なさい。集中力って続かないものですよ。

 

 とまあ、余裕ぶっこいてるように思われるかもしれないが、台詞が吹っ飛んでアタマが真っ白になることが割と多い僕。そんなときはいくら焦っても正しく記憶を遡ることはできないと諦め、涼しい顔をして人任せにするものだ。内心冷や汗どばどばなんですけど。実際のところはどうなんだろう。平然としているつもりでも、お客さんには丸分かりなんだろうなあ、僕がテンパっていることが。

 今年、お芝居の舞台に復帰してつくづ思ったが、僕はいったい何を焦っているのだろう。焦りや不安は間違いなくお芝居に滲み出る。そういう役者を観ているお客さんも、これがライブである以上余計不安になるというものだ。僕ら演者がお客さんに心配されながら観劇してもらっては本末転倒なのに。つくづく出来ない男だなあ、と自分で自分が情けなくなる。

 そんなこんなで自分を責めつつ。かつ開き直りながら、それでも僕は自分の居場所を舞台の上に求める今日この頃だ。最高の景色とは、僕ら演じる側がいちばん目にできるものなのかもしれない。

シアターZOOの舞台上から客席を見るとこんな感じ。照明は眩しいけれど、客席の様子は割と見えますよね?