稽古場が、僕の活力。

 「新潟」と漢字で書けなくても、「稽古」は書ける。稽古。大辞林のいちばん最初には「武芸・芸事などを習うこと。また、練習」とあるけれど、そうですね、それくらいは分かります。でもこの「稽」の字、考えるって意味だってご存知でしたか?

 お芝居の本番を迎えたぶんだけ、いや当然それ以上に稽古場での思い出はたくさんある。むしろ本番の記憶はすっかり抜け落ちているのにしんどい稽古の光景だけが昨日のことのように鮮明に覚えていることも少なくない。

 出会いは貴重だ。でも、決して楽しいばかりじゃない。気を遣うこともあるし、遣われることもある。ふたり芝居の稽古では、ひどく淋しいときもあった。出演者が多すぎて、自分の立ち位置が分からなくなることもあった。それでも僕は稽古へ行く。良くも悪くも、稽古場は僕が活力を手にする場所だからだ。

『ジュリアス・シーザー』舞台稽古
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▲ 2019年4月、弦巻楽団さんの講座公演『わたしたちの街の「ジュリアス・シーザー』の舞台稽古。当時まだできて間もない札幌市民交流プラザの1階スペースに劇場空間をつくりました。

 元来僕は、人とコミュニケーションを取ることが得意じゃない。それなのに、人前でお芝居をするのが楽しくて仕方がないのだ。一見おかしな理屈のようだが、これがそうでもない。視点を変えて見れば、実はちゃんと筋が通っているんです。

 そもそも人とコミュニケーションがうまく取れないからこそ、舞台という非日常の世界に身を投じることを好むのかもしれない。言い換えれば、舞台の上でしか自己表現ができないのだ。そんな厄介な連中の集まりなんですよ、演劇の世界って(みんながそうじゃないけれど)。

 僕が初めて舞台に立ったのはもうかれこれ数十年前、4歳のときだ。山口百恵が三浦友和と婚約を発表し、パンダのホアンホアンが中国から上野へやって来て、ゲームウォッチが発売されたその頃(全然関係ないけど)、札幌で今も活動する劇団新劇場さんの公演で、水上勉の作品。場所は確か道新ホールだったかな? 両親が劇団に在籍していた関係で、物心ついた頃から稽古場で劇団員のお兄さんやお姉さんに遊んでもらっていた小生意気な子供の役者デビューだ。といっても僕の出番は、2学年上の兄とふたりでワンシーンだけ。主人公の母親が幼い子供と別れる場面で、台詞は兄が「おっかあー」と叫ぶのみ、僕はただ立ってるだけ。幼い頃の僕は、若干どもり癖があったため「康司は立ってるだけでいいから」と母親に言われたのだ。そんな一言でどもるもんかなあ。

 まあそれはそれでそんなものなんだろうけど、その後小、中、高としばしば、というかオトナの都合で子役や少年役が必要なときには駆り出されて、舞台に出演した。ビジュアル的には兄のほうが重宝されていたが、兄は至極まっとうな人間だったためあまりお芝居には食いつかず、どちらかというとアブノーマルだった僕のほうがむしろ好んで出演していた。ただその頃は、まだそこまで稽古は苦手じゃなかったような気がする。芝居は当然、役者が台詞を覚えてしまえばそれで完成するというものじゃない。むしろそこからかけ合いだったり、あるいは間のとりかただったりなんかといろいろ、演出がついて仕上げていくものだ。とんでもない長台詞が与えられるほどの大役を演じたことがなかったせいもあるが、台詞覚えに苦労した記憶もない。怒られたこともない。

 著名な演出家さんが若かりし頃の稽古場では、よく「灰皿が飛んで」きたそうだが、実際僕がそんな稽古場に立ち会ったことはまずない。そして大抵の稽古場は禁煙だ(そういう問題じゃないが)。劇場に入ってから何だかちんたらしているため、リハーサルの時間が押して苛立つ演出家に怒鳴られることは稀にあったが、稽古場で怒られることもないのに僕が稽古を苦手とするのはどうしてなのだろう? それは決して、演出家が怖いからではない。稽古場のあの「空気」に弱いのだ。

 どれだけ社会生活が自堕落なヤツでも、人が集えば多少なりともコミュニティが形成される。お芝居は人間が創るものだから、同年代で仲良しの子もいれば、大先輩や大後輩もいる。音楽やダンスなど、異種ジャンルの表現者とコラボする機会もある。そういう空間から生まれる一体感はとても豊かで尊いものだ。だけどこれ、そうそう簡単に築けるものじゃない。思い出づくりをしているわけではないので、自己満足な達成感を見せつけられてもお客さんが迷惑なだけだ。そうではない、きちんと真っ直ぐに「伝わる」一体感。それを形成する作業がとてもハードで、まさに産みの苦しみなのだ。威張って言えることじゃないけれど、社会不安障害というココロの病を抱えている僕にとって、ましてや世代を問わずにコミュニティの輪に加わるのはとても辛く、苦痛だ。台本を手にいざ稽古が始まるとそうも言ってられず、何とか集中するしかないわけだが、休憩時間などのオフモードのとき、いわゆるフェローシップというヤツができない。この歳になると、若い役者さんたちに気を遣われていることにも敏感になるもんだ。ネガティブな性格も加わって、つい非建設的な思考に陥ってしまうのだ。ダブルダッチの中に入るタイミングを見失って立ち尽くす子供のように、何もできない。それを悟られるのもみっともないので、用もないのにスマホをいじってみたりする。ああ、切ない。

 それでも自分の仕事をしっかりやれば、何とかなると思っていた。だけど歳を重ねるに連れ、台詞覚えが驚くほど悪くなってきたからたまらない。ゴールデン・レトリバーのほうが記憶力がいいのでは、と本気で思うこともざらにある。本番で台詞がすっ飛んで、相手役に丸投げすることも少なくない。それでも経験値だけは貯まっていくもんだから「私は間違ってませんよ顔」でまさしく面の皮厚く毅然としているように見せる小細工なんかは身についているらしい。

 要するに、稽古で人と交わることが怖いのだ。怖いを通り越してもういつも涙目だ。

 うーん。果たしてこんな自分に、お芝居なんてやる資格があるのか。ないよね。常々アタマをよぎる問題だ。それでも僕はお芝居が好きなのだ。なぜならこれは、コミュニケーションを取ることを苦手とする僕が唯一自己表現できる「舞台」だからなのだから。

 そして2020年。新型コロナウイルスの流行は演劇の世界にも大きな影響を与えた。公演ができない。そもそも小劇場なんて、密の空間そのものだ。9月に出演を予定していたオホーツクでの演劇祭も中止になってしまった。それはまあ仕方がないというしかない。無理やり強行したところで、お客さんに足を運んでいただける保証もないのだから。

 というワケで、こと稽古においても濃厚接触となるため、ビデオ通話を使ってリモート稽古をする運びになった。完全に違和感丸出しのリモート稽古。台本を読んでも妙なタイムラグが生まれるし、やっぱり空気が伝わらない。こんな僕でさえ、稽古場に足を運びたくてうずうずしてしまった。でもひとつ、リモート稽古ならではの利点を発見することができた。それは、共演者と空気を共有したり、物理的な距離感で人やモノを捉えられないぶんだけ、無意識のうちに相手の台詞を「聞く」ことに敏感になっていた。今までの稽古場ではなかなか気づけなかったことに気づくことができる。意外だった。

 そんな稽古も、次回公演に向けてカウントダウンが始まったことで、再びキャスト・スタッフが顔を合わせてのものになった。まだまだコロナの脅威が消え去ったワケではないので、この先またビデオ通話でお稽古することも考えられるけど、とにかく今はできることをするだけなのだ。

 さあ、稽古場へ行くぞ。足りないアタマでうろ覚えの台詞を発信して、自分の主張をするために。